両親の愛情が子どもの健全な成長に不可欠であるとの認識のもと、子どもの連れ去り別居、その後の引き離しによる親子の断絶を防止し、子の最善の利益が実現される法制度の構築を目指します

令和2年10月21日、SankeiBiz

結婚が破綻したとき…そこに潜む法律の“罠” 子供の連れ去り

 結婚-。会社の同僚や後輩から、この言葉が出た時、私たちが発する言葉は決まっています。
 「おめでとう!」
 恋愛ドラマであれば、ここでエンドロールが入ってめでたしめでたしといったところでしょうが、現実はここからが本番です。1年後、子供が生まれ、子育てに奔走する二人。抱っこをしていると、クンクン…ん? またウンチ? さっきおむつを替えたばかりなのに…。ため息をつきながらおむつを替えるその傍らで、黙々とスマホをいじる夫。「ふざけんな!」と怒り心頭の妻ですが、実は夫は取引先の急な要望に急いで返信をしていたのだとか。そんなすれ違いが積もり積もった結果、ある日、帰宅すると妻が子供を連れて家を出て行ってしまっていた。
 こんな話、聞いたことありませんか? 身近にこんな経験をした方、いませんか? 仕方ないな、元気出せよ。居酒屋のカウンターでそんな感じに励ます風景が浮かんできそうですが、実はこのいわゆる「子連れ別居」なるものが、今、国際的な大問題となっているってご存じでしょうか?

日本と海外との認識のギャップ
 今年の7月8日、EU議会は、日本国籍とEU籍の両方を持つ子供を日本人の親が連れ去ることを禁止するよう求める決議を採択しました。なんと、賛成686、反対・棄権9という圧倒的賛成多数で。このEU議会の決議について、日本ではあまり報道されていないようです。なので、多くの人が知らないのではないでしょうか。「子連れ別居」ならぬ「子供の連れ去り」。英語ではabductionと言って、「拉致」とか「誘拐」といったもっと刺激的な言葉になります。そう、欧米では他方配偶者に内緒で子供を連れて家を出ていくことは、犯罪として警察が動く事案なのです。
 この認識のギャップは、あまりにも大きく、日本の報道があまり熱心でないことも相まって、そのギャップは埋まるどころか開く一方に見えます。そして、国際結婚が破綻したとき、日本と海外との間のこの認識のギャップが一気に露呈することになるのです。EUの非難決議は、こうした日本と海外の「子連れ別居」に関する認識のギャップがもたらす悲劇なのです。
 このEUの非難決議に対して、日本政府の反応は冷ややかでした。茂木敏充外務大臣は、「決議にある『国際規約を順守していない』という指摘はまったく当たらない」とコメントし、日本が別居離婚に伴う子供の問題において、「何ら非難を受ける筋合いはない」と開き直りました。このコメントにも、その底流において、「ただの子連れ別居じゃん」という日本特有の認識が垣間見えます。たかが子連れ別居、されど子連れ別居。日本特有の慣習と言ってしまえばそれまでですが、それでもこの問題、そう一刀両断に片付けてしまってはいけない問題だと思います。なぜって、子供が関わっているから。文化とか慣習とかといった理屈抜きの言葉で押し切ってしまって、子供の本当の幸せについて考えないままで良いはずがありません。そもそも何で世界が「子連れ別居」にNO! を突き付けているのか、そのことを冷静に検討しなければなりません。もちろん、子供の視点に立って…。

「子連れ別居」という常識を疑うこと
 「子どもの権利条約」というのがあります。1989年に国連で採択され、1990年に発効、日本は、1994年に批准しています。この「子どもの権利条約」の第9条1項には、こんな規定があります。「締約国は、児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する」。これが連れ去り禁止の法的な根拠です。別居などやむを得ない場合であっても、親と子が離れ離れになるためには、きちんと裁判所等で決められてからでなければなりません。「子どもの権利条約」はそのことを明記しています。
 この規定は、一貫して子供目線です。つまり、両親が離婚しようが、子供にとって親は親なのです。不条理に引き離される理由などないのです。両親が仲違いしようとも、お父さんお母さん両方の愛情に育まれながら育つことを保障してあげましょう。これが「子どもの権利条約」の意図するところです。この「子どもの権利条約」の理念が、日本では反映されていません。「子連れ別居」の名の下に。

 夫婦関係が悪くなった時、日本では、子連れ別居は非常によくある出来事です。夫が仕事に行っている間に、妻が子供を連れて実家に帰ってしまうなんて、半径3メートル以内に一例くらいはあるんじゃないかというくらい頻繁に耳にします。私は弁護士という仕事柄、こうした相談を多く耳にしますが、仕事から一歩外に出ても、こうした話はたくさん聞こえてきます。夫婦仲が非常に悪くなっていたとはいえ、突然こんな仕打ち、あんまりじゃないかと思うのですが、この子連れ別居は、いわば日本の常識となっています。
 しかし、この常識、このままで本当に良いのでしょうか。EU議会で非難決議がなされてもなお、やかましい! ここは日本だ! と言って拒絶すればよい問題なのでしょうか。「子どもの権利条約」違反だと指摘されても、だったらそんなもの脱退すればいいじゃん! なんて開き直ってしまえばよいのでしょうか。私は違うと思います。日本人は、「常識」に弱いです。「常識」と言われると、それを拒否することは「非常識」であり、社会の枠から外れてしまうのではという不安を覚えるのでしょうか。その気持ちも分からなくもないですが、時に常識を疑うということがとても重要になることもあります。特にある常識が、非常に長い時間通用している場合、その常識が、今の社会の他の常識と並べて、果たして説得力を維持できているのか、あるいは実はすでにかつての説得力を失っているのではないか、そういった検証が必要です。

 そもそもこの子連れ別居という名の常識、一体どこからやってきてどうして常識として日本全体に認められるようになったのでしょう? 実は、そこには親権争いをめぐる男女の歴史的なドラマが潜んでいるのです。
 次回のコラムでは、この点について、より突っ込んで検証してみたいと思います。

上野晃(うえの・あきら)
弁護士
神奈川県出身。早稲田大学卒。2007年に弁護士登録。弁護士法人日本橋さくら法律事務所代表弁護士。夫婦の別れを親子の別れとさせてはならないとの思いから離別親子の交流促進に取り組む。賃貸不動産オーナー対象のセミナー講師を務めるほか、共著に「離婚と面会交流」(金剛出版)、「弁護士からの提言債権法改正を考える」(第一法規)、監修として「いちばんわかりやすい相続・贈与の本」(成美堂出版)。那須塩原市子どもの権利委員会委員。

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