両親の愛情が子どもの健全な成長に不可欠であるとの認識のもと、子どもの連れ去り別居、その後の引き離しによる親子の断絶を防止し、子の最善の利益が実現される法制度の構築を目指します

平成22年11月2日 東洋経済オンライン

「離婚は縁切り」で子は幸せか、「共同親権」へ国民的議論を

週間東洋経済 2010年10月30日号、東洋経済オンライン 2010年11月24日11時7分

 米プロゴルファーのタイガー・ウッズ選手が昨年末以来の不倫騒動の末、エリン夫人との離婚を発表したのが今年8月。離婚の詳しい条件は明らかにされていないが、米メディアによれば、慰謝料は最低1億ドル(約81億円)に上るという。一方、3歳と1歳の二人の子供の親権は両親双方が持つ。ウッズ選手は「二人の子の親であることには変わりない。今後は二人の子供たちの幸福が最も重要」と表明している。

 ところが、もしウッズ選手が日本人で、日本国内で離婚していたら、ウッズ選手に親権が残ったか、はなはだ疑問だ。子供との定期的な交流も保証の限りではない。それはウッズ選手自身に問題があるのではなく、ウッズ選手が父親であるが故だ。

■日本では離婚後単独親権に

 日本では、子を持つ夫婦が離婚するとき、どちらが親権者になるか確定しないと離婚届は受理されない。つまり、離婚後は片方の親だけが親権を持つ、「単独親権」となることが民法上、規定されている。一方、欧米では1980年代以降、離婚後も両親が子供の養育にかかわる「共同親権」が一般化している。

 親権とは、成年に達しない子を養育・教育し、その財産を管理する権利義務のことだ。子供の人格形成のためには母親の存在が必要などの理由から、日本では離婚後8割以上は母親が親権を持つ。特に10歳未満の乳幼児の場合は、ほぼ自動的に母親が親権者となる。

 一方、離婚後の子供の養育費の負担や、非養育親が子に会う面接交渉(面会交流)権について、日本の民法には規定がない。日本の離婚で8割以上を占める、裁判所を介さない協議離婚では、公正証書などでこれらを定めることはできるが、必須ではない。このため離婚後、養育費や面会交流が紛争の種になることが多い。

 親権を持たない親が子供との面会交流を求めても、親権者が強く拒めば面会は難しいのが現状だ。離婚後、定期的な面会交流を行っている親子は4割に満たず、その頻度は月1回程度という調査結果がある。一方、共同親権を原則とする米国などでは、別居の親と「隔週2泊3日」などの面会が一般化しつつある。

 さらに、厚生労働省の調査(2006年)では、離婚後、別居の親から子供への養育費の支払いを受けている人は19%にすぎず、過去に受けたことがある人を含めても35%にとどまっている。このことが母子家庭の経済的困窮につながっている。

 明治以降の家制度の中で、「離婚は縁切り」との社会通念が広がり、子供にしても別れた親と交流することを了としない風潮があったことは事実である。しかし、年間の離婚件数が25万件を超え、うち子供のいる夫婦の離婚も14万件に及び、毎年約24万人の子供が一方の親と別れて生活せざるをえないという現実がある。欧米での共同親権への移行も離婚の増加が背景だった。

 「離婚の増加とともに、女性の社会進出や父親の育児参加などによって親子関係も多様化しているのに、法制度はそれに対応できなくなっているのが現状。法の不整備が紛争を誘発している面も否めない」と、日本の親権制度に詳しい早稲田大学の棚村政行教授は指摘する。面会交流の可否をめぐって、調停や審判に至るケースはここ10年で3倍強に増えている。この背景に単独親権を挙げる見方は多い。

 問題は国内だけにとどまらない。国境を越えた子供の「連れ去り」や国際間の親権などの問題解決に対処する国際条約に、ハーグ条約がある。国際離婚の増加で子供をめぐるトラブルが世界的に増えているが、日本はG7参加国では唯一、これに加盟しておらず、また単独親権の立場をとるために、子供の「連れ去り」が事実上、容認されているとして、各国から非難の声が上がっている。

 具体的には、海外に住んでいた日本人の親が日本に子供を連れ帰った場合、海外の親は日本政府に子供を捜す協力が求められない。無理やり連れ出し逮捕される事件も起きている。同条約は、離婚後、子供がもともといた国の制度に基づいて子供の移動や面会が行われるべきとしている。政府は、このような状況を放置すれば外交上の信頼低下につながりかねないとして、来年にもこれに批准する方向で準備を進めている。

 もちろん、国内、海外問わず、配偶者の家庭内暴力などから逃れるために離婚、連絡を絶つというケースが少なくないことは確かだ。このような緊急避難には、司法や行政の対応が必要である。共同親権になると、離婚後も元配偶者からの理不尽な虐待が続くのではとの不安が残るという指摘もある。米国などでは、虐待などがあるケースでは共同親権の認められない場合が多い。

■子供の視点に立った議論を

 ただ、忘れてはならないのが子供からの視点だ。両親の離婚による精神的・経済的ダメージを、最小限にとどめる環境整備が必要であることはいうまでもない。また、面会交流や養育費は子供の権利であり、子供の福祉・利益にかなった法整備が求められる。

 棚村氏は、「共同親権化は第一歩だが、これですべて解決できるわけではない。子供にとっていちばんよいルール、仕組みは何かという問題意識の中で、共同親権を含めた幅広い選択肢を持つことが、子供にとっても社会にとっても有益」と解説する。

 「離婚は縁切り」だからと、離婚後、子供が両親に自由に会う権利を一方の親が剥奪することは、国際的にも認められない。不幸にして離婚した元夫婦が、共に子供の養育・教育に責任を持つ「共同養育」への意識改革が求められている。欧米の実証研究では、離婚後も両親が養育にかかわるほうが子供の成長にもプラスとの結果が出ている。養育費の支給率や面会交流の割合が国際的に見て低いことは、日本社会の成熟度の低さを示しているとはいえないか。

 ハーグ条約批准を目指す政府だが、共同親権化には民法改正が必要であり、今回は見送る方針とされる。だが、棚村氏は、「ハーグ条約と民法など国内法整備は、セットで行うべき」と主張する。国内外での法制度の不整合が新たな紛争を招きかねないからだ。外圧に対する対症療法ではなく、社会の構造変化にかなった法整備が望まれる。

 離婚増と少子化により、子供の4・5人に1人が成人するまでに親の離婚を経験する時代になってきた。子供の福祉、多様化する親子関係への対応、そしてさまざまな家族・人間社会を許容できる成熟した社会形成のためにも、共同親権化への国民的議論をすべきときである。

(シニアライター:野津 滋 =週刊東洋経済2010年10月30日号)

※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

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