両親の愛情が子どもの健全な成長に不可欠であるとの認識のもと、子どもの連れ去り別居、その後の引き離しによる親子の断絶を防止し、子の最善の利益が実現される法制度の構築を目指します

平成23年6月23日、朝日新聞(私の視点)

ハーグ条約 子どもの福祉の担保を

 国際結婚が破綻した時の子どもの扱いを定めたハーグ条約締結の是非について、日本で議論が起きている。ドメスティックバイオレンス(DV)を理由に、海外から子と逃げて帰る日本女性を保護するため、返還を拒否できる事由を国内法でどう規定するかが課題となっている。
 そんな中、英国の最高裁判所が6月10日、条約の解釈について初の判決を下した。ノルウェー在住の夫婦が破綻し、妻が2人の子を祖国の英国に連れ去った。ノルウェー人の夫が条約に基づき英裁判所で返還を請求したが、妻が「帰れば夫の精神的DVの恐怖で、子の福祉が阻害される危険が高い」と条約中の返還拒否事由の適用を求めた。下級審は適用を否定、最高裁も返還命令を支持した。
 この判決で「DVがあっても本国に帰れなくなるなら、締結すべきではない」と誤解するかもしれない。しかし、この事件では母親がノルウェーで司法手続きをとらずに子らと移住したため、返還命令は「連れ帰るなら、子が暮らしていた所の法律に従ってやりなさい」というのが本来の趣旨だ。
 母がノルウェーでDVの保護措置をとり、現地の裁判所で子らと英国への転居を申し立てたとすれば、許可されたかもしれない。そうすれば、子らの養育環境が継続し、証拠や証言にアクセスしやすい場所でDVの真否や、子らの最善の利益について審理が尽くせたはずだ。こういう充実した司法判断の機会を子のために確保するのが条約の目的である。母親につらくても、英最高裁いわく「ハーグ条約は大人ではなく、子どもの利益のために設計された」のだ。
 母側の弁護団は「返還前にもっと審理すべきだ」と主張した。そうすれば、夫が否定しているDVや生活に関する証拠がほとんどない場所で「ノルウェーで何が起きたのか」を審理することになる。返還拒否事由を過大に認めれば、条約が骨抜きにされかねない。
 ある英司法関係者によると「父の返還請求の多くは子との接触を確保することが本心」という。子が突然、海のかなたへと消えてしまった父親にとって、自分のそばに置くための返還請求はごく自然だ。条約に面接交渉権を確保するための規定があるのも、子どもの福祉のためなのだ。
 日本が最初から返還拒否事由を過大に規定した形で条約に加盟すれば、「連れ去り大国」の批判はやまず、「誠意がない」とも言われよう。また、条約締結の有無にかかわらず、夫婦が破綻後、非同居親との接触の確保など、子どもの福祉が日本で担保されているかどうか問われ続けるだろう。

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