平成29年6月13日、東京経済オンライン
「連れ去られた子ども」を苦しめる制度の正体」 なぜ子が「別居した親」の元に戻るのか
「タクシーに乗ってパパの家に帰ってきたとき、吐いちゃった」
服部美優ちゃん(10歳、仮名)は愛犬ジョンをなでながらつぶやいた。
都心から1時間のベッドタウンに来ていた。美優ちゃんは某社の写真記者、服部貢さん(47歳、仮名)の一人娘である。
3月末の平日、美優ちゃんはたった独りきりで、母親一家の住む団地から、父親(貢さん)とその母(美優ちゃんの祖母)の住む一軒家まで逃げ帰ってきた。
母親宅から駅までは約600メートル。そこまで歩いてタクシーを拾い、さらに十数キロ離れた父親と祖母のいる家まで乗りつけた。タクシー代は家にいた祖母に払ってもらった。というのも、逃亡を警戒した母親に財布などの所持品をすべて取り上げられていたのだ。
「ほっとしたから吐いちゃったの?」
私が尋ねると美優ちゃんは茶化すように答えた。
「嫌なことはジョンにペロペロなめられて忘れちゃった。ねえジョン」
美優ちゃんの複雑な心情を察した私はそれ以上、真意を強くは聞けなかった。
■2歳のときに母親に「連れ去られた」
7年前の10月、美優ちゃんは2歳のとき、母親によって同じ県内にある母親の実家に“連れ去られ”てしまった。以後、美優ちゃんは母親や祖父らとともに暮らした。
一方、彼女の父母は泥沼の法廷闘争を行ってきた。
美優ちゃんを“連れ去って”から1カ月後、母親は父親(貢さん)に対し離婚調停を起こした。DVの証拠として母親が提出したのは、父親が母親の腕をつかんだためにできたアザの写真など。しかし、業界紙の写真記者である父親は写真のウソをはじめとする母親側のDV主張をことごとく論破、その結果、母親側の求める離婚や慰謝料の請求は退けられた。
一方、父親(貢さん)は美優ちゃんとの面会交流などを求めて調停を申し立てた。しかし再会はなかなか実現しなかった。実現しても3カ月に1回1時間だったり、係争中に面会をキャンセルされたり、8カ月余りも会わせてもらえない時期があったりと、面会は途切れ途切れでしか行われなかった。
そんな不安定な交流ではあったが「パパのところで暮らしたい」という美優ちゃんの態度は幼児の頃から一貫していた。
「娘が小学校に通う前、ショッピングモールで会って、帰ろうとするとき、毎回のようにグズって、2時間ほども店内を逃げ回っていました」(貢さん)
美優ちゃんは面会中に「ママに何度もたたかれる」と貢さんに報告していた。そのことが美優ちゃんの一貫した態度の根底にあるのだろう。
昨年の1月、8歳になった美優ちゃんは決断をした。
宿泊面会の後、父親が美優ちゃんを駅まで車で連れて行った。すぐ前に停まっている母親の車の後に車を停めた父親は、車から降り、反対側に回り、美優ちゃんの手を引いて、すでに車を降りて待っていた母親に引き渡した。父親がその場を離れ、乗ってきた車に乗らずに様子をうかがっていたところ、美優ちゃんは予想外の行動をとった。彼女は後ろへと駆けだして、ドアロックがされていない父親の車に乗ってしまった。
「パパ、早く行って」
頑として降りようとしないため、父親は家へと連れて帰った。
数カ月後、母親のところへ娘を戻すべきいう強制執行を命ずる判決が家庭裁判所で下された。これは2週間以内に、執行官が警察官を伴って、子どもを“保護”、そして母親のところへ戻すというものである。
「指定された2週間に執行官が現れることはありませんでした」(貢さん)
■戻ってくることは確信していた
それで問題が一段落するわけではなかった。翌年、間接強制という判決が下されたのだ。これは「3日以内に相手かその代理人に引き渡せ」というもの。父親が従わないと1日当たり3万円の罰金が科せられる。
「私は弁護士とともに、妻の家まで美優を連れて行きました。前の年の春からジョンを飼い始め、溺愛してましたからね。それに“パパのところがいい”と明言していたので、うちに戻ってくることは確信していました。それに強制執行の2度目はありませんし」(貢さん)
美優ちゃんが独りで戻ってくれば、母親が美優ちゃんを合法的に連れ戻すことはできなくなる。
「必ず戻ってきてくれる」と父親は信じ、美優ちゃんを連れて行った。すると3日目の朝、冒頭に記したとおり、美優ちゃんは自分の意志で父親の家に帰ってきたのだ。
「なぜパパのところに戻ってきたの?」と私が尋ねた。すると、「その日、離任式があったんです。引っ越してきたときの担任の先生が次の学校へ移っちゃう。先生に会っておきたかった。でもいちばんはジョンを元気づけたかったこと。ジョン、なんであなたはそんなかわいいの?」
美優ちゃんは父親のことには触れず、再び茶化すようにそう言った。
貢さんに過去の写真や資料を見せてもらうため、2人で書斎へ移動した。貢さんは美優ちゃんの気持ちについて次のように代弁した。
「娘はママを裏切ってしまったことを、後悔してるんだと思います。だけど同時に、連れ戻されるんじゃないか、怒られるんじゃないかという気持ちもある。美優は私もママも両方好きなんです。それでもパパと暮らしたいと言って戻ってきてくれたのは、ママのところだと、ときどきパパに会えなくなる。だけど、パパのところだとママに自由に会える。子どもなりに考えて、どちらがいいか考えているんでしょうね。父母どちらかじゃないんですよ。娘は両方に会いたいんです」
離婚が成立し、親権は父親である貢さんへと変更された。貢さんは元妻に1カ月ぶりに娘を会わせたばかりだ。貢さんはこれからも積極的に面会を続けて行くつもりだという。
■関東から長野まで電車で戻ってきた二男
十数年前のことです。長野県北部H村にあるこの家から南関東の実家へと、妻が2人の息子を“連れ去って”しまいました。当時、上の子は8歳、下の子は5歳。2人とも元いた家に戻ってきたがっていました。長男は今も妻と一緒に暮らしていますが、二男は小5のとき電車を乗り継いで、私のところへ独りで戻ってきました。運命に従ったのが長男で、刃向かったのが次男なんです」と話すのは岸良明さん(50歳、仮名)である。
二男はネットに発表した手記に次のように記している。以下は抜粋である。
「母親によって一方的に東京の母親の実家に連れ去られ、そのまま父との自由な交流ができなくなりました。その後父が尽力してくれた結果、少しずつ父親との交流ができるようになりました。しかし、継続される母親の、父との面会交流の妨害と父への悪口が嫌で、10歳のときに家出をして長野県H村の自分の家に帰宅しました」
二男同様、長男も父との自由な交流を望んでいた。しかし、彼はその気持ちを封印、母親側にとどまった。
「二男が戻ってきた後、妻は引き渡し請求審判を起こしました。原審ではそれが認められたものの、高裁では逆転、結果的に親権が私へと変更になってからは、妻から“会いたい”という意志が一度も示されなくなりました。それで二男は大いに憤慨していました。お母さんは連れ戻しに失敗したらもう会いたいとは思わないのかと。私は親権者の変更と同時に、妻に二男に面会するよう調停を起こしたんですが、不調に終わりました。次男は妻に謝ってもらいたがっていましたが、妻は“息子2人を関東へ連れ去って離婚したことを私は後悔していない”と言い続けていて、二男はそうした妻の態度にガッカリしていました」
二男は、前述の手記に次のようにも記している。
「“裁判所はなんで実の親子が会うことに制限を認めるのか”。それを思った当時の私はとてもつらかった。そんな裁判所に対して今の私は怒り心頭です。[中略]当時、裁判所が私と父との自由な面会交流を認めたならば、私はもっと安心で満たされた人生が送れていたことは明らかです」
■共同親権が認められれば…
面会交流中の父親が子どもと“無理心中”するという事件が起こるたびに、「面会交流は危険」といった単純化された主張がネットを中心になされがちだ。
今後、こうした面会交流危険説が一般的となり、面会交流が制限されていけば、それはそれで大きな問題をはらむ。
子どもの意志で別居親の元に逃げ込むことはおろか、別居親に相談にのってもらうことも難しくなる。さらには、同居親からの虐待が気づかれにくくなったり、別居親からの経済的な援助を受けにくくなったり――といった事態が考えられる。
別居親にしろ、同居親にしろ、どちらもほとんどは危険とは無縁の、実の子を愛する、ごく普通の、人の親である。今後、同居親だから安全、別居親は危険とレッテル貼りをしてむやみに引き離すのではなく、子どもたちの幸せのために、本当に危険かどうかを精査したうえで原則は会わせるという方向性をできるかぎり推進していくべきだし、またその先には「別れても双方の親が育てる」という共同養育の考えが一般化されるべきではないだろうか。
しかし、それは簡単に実現できることではない。ひとつに裁判所の人手の問題がある。「親権は母親」「面会は毎月1回2時間」などという、判で押したような決定や判決が出てしまいがちなのは、それが大きな原因となっている。
もうひとつは、日本の単独親権制度の問題がある。民法第819条には、離婚後の親権者を父母どちらか一方に定める、という内容の条文が記されている。この国では離婚した場合、片方の親は親権を失ってしまうのだ。
「そもそもですよ。欧米のように共同親権なら“連れ去る”とか、親権争いといった不毛な争いはしなくていいんですけどね」(貢さん)
欧米を中心とする諸外国は離婚してもなお、両親が親権を持ち続ける。だから「離婚をしても親は親、子は子」だということが、法的に保証されている。
共同養育の考えが普及するとともに、民法第819条が改正され諸外国同様に共同親権へと変われば、片方の親が子どもを”連れ去った”り、双方の親が法廷で親権を争ったり、さらには子どもが危険を冒して別居親の親へと逃げ出すといったことがなくなっていくはずだ。
服部さんや岸さん親子の再会は美談ではない。こうしたことが起きない世の中にしていく必要がある。
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