臨床心理士
家庭裁判所の皆様への提言:フレンドリー・ペアレントルール採用がもたらす家裁実務への影響
松戸家裁の事件(控訴審)がフレンドリー・ペアレントルールの採用の可否を巡り注目を集めています。しかし、年間1万件を超える子を巡る家事事件において、現在最も重視されているのは継続性の原理です。家裁の裁判官や調査官・調停委員の皆様は十分にご自覚のあるものと推察しますが、結局、この類の事件は面倒なので、「現状維持」を基本として、特別な事情がなければ監護者は変更せず、面会交流は月に2回程度で双方に納得させる、という暗黙のルールがあるようです。これを仮に「事件処理簡便性の原理」と呼ぶならば、フレンドリー・ペアレントルールはその趣旨の他、裁判官らに十分な利益をもたらすことが期待できます。
フレンドリー・ペアレントルールは、本来、子が親との十分な面会交流・養育を確保するために、養育計画等によって別居する親に高頻度の面会交流を確約するものにこそ監護者・親権者としての適格を認めるというものです。
子の意思を汲むならば、父母の葛藤を下げ、関係修復と同居の再開、そして父母と一緒に安心して愛情を受けて生活することができるよう全力を注がなければなりません。しかしながら、その願いが叶わないとしても、いつまでも父母の葛藤が継続したり、別居後も同居親が別居親の非難を口にしたり、不安定になったり、その結果面会交流がなされなかったり、という影響を受けないような配慮が必要です。
現在の監護者指定・変更の審判では、上記、事件処理簡便性の原理が根拠となっているため、現状の監護に問題がなければ別居親の監護状況すら調査せずに審判を下すことも認められます。そのため、別居親は監護親の監護能力が低く、適格が「全くない」と認めさせることができなければ審判で勝つ見込みがなく、それ故、自称「人権派」弁護士に連れ去りと引き離しを教唆される事態になっています。
近年の家事事件の増加を見れば家庭裁判所の裁判官にも理解していただけると思いますが、裁判官の能力査定の一つである事件処理数は、事件処理簡便性の原理に従っているだけではマクロ的な増加を止めることができません。1人の裁判官が仮に担当事件数を減らしても、家庭裁判所全体で見れば、事件処理数を上回る事件の申立のために、裁判官ら全体の能力不足を問わねばならない事態となっています。
これまで、子の福祉に関して相当数の意見書を作成し、その都度、面会交流がなぜ月に2回というのが子の福祉に適うのか、相手方あるいは裁判官に求釈明を続けてまいりましたが、ただの一度も合理的な根拠を示されたことはありませんでした。別居親は、それで納得できるはずがありません。自らの幸福追求権を司法によって奪われたと認識し、一部は子の福祉よりも同居親のご機嫌を取るために子に対して申し訳ない思いを抱きながら審判に従い、一部は司法改革や利権構造の解体を目指し立ち上がり、一部は絶望して自死を選び、残りの多数は抗告したり時期を待ち再度の申立を行います。
これまで司法によってDV加害者とされ子と引き離された多くの人が自らの命を絶っています。本当にDV加害者ならば自死ではなく被害者を殺害すると考えるのが妥当ですが、そうではないという事実は、DV加害者と呼ばれた人たちの多くは、親子断絶防止法反対派の人たちがオーバージェネラリゼーション(過度な一般化)する暴力的で支配的で衝動的な一部の人とは一線を画していることを物語っています。
子にとって父母の葛藤を下げることが福祉に適うと考えるのに対し、司法の事件処理簡便性の原理は、葛藤を良しとしない別居親であっても同居親を攻撃せざるを得ない状況を作り出すものであることは明白です。子の福祉に関して父母で穏便に相談しようとしても連れ去りにあい、弁護士を通さなければ相談できない状況となり、その「人権派」弁護士からの非難を共感的に傾聴したのでは、子の福祉を実現することはできず、どうしても反論し、さらに連れ去り親の非を証明するための攻撃が必要不可欠な状況にならざるを得ません。これは現行の離婚制度と監護者指定における司法の怠慢が招いた結果であり、子の福祉を害した責任の一端を司法が持つと考えるべきです。
家裁実務において、フレンドリー・ペアレントルールが採用されれば、別居親が同居親を攻撃する必要性がなくなり、「相手がダメだからこっちに寄こせ」ではなく、「こちらにいた方が子の福祉に適う」というポジティブな側面の主張をメインにすることができます。その結果、これまで、調停や審判が始まってからさらに高まっていた葛藤を下げる効果が期待できます。自分は相手に感謝できる人格を有していること、これまで非があったら謝罪する人格を有していることは、本来評価すべき監護者適格のはずです。これはフレンドリー・ペアレントルールを第一基準とすることによってのみ実現可能です。
フレンドリー・ペアレントルールは、初めに述べたように子の面会交流を確保し、直接的に親子の交流を図るというのが第一趣旨ではありますが、その実現によって父母の争いにおける不要な葛藤の高まりを予防し、かつそれを下げる効果すら期待できるものであり、恨みとその報復によって生じている審判申し立ての増加を抑制する方向に動くはずです。そしてこれこそ、ミクロ的にもそしてマクロ的にも家事審判における事件の解決に寄与するのですから、家庭裁判所が事件処理簡便性の原理を重視する場合においても相反しない原理となると言えます。
親子断絶防止法は、一部の真正DV加害者や面前DV加害者にまで直接的な面会交流を義務付けるものではありません。父母が離婚しても親子の交流こそ重要である、という理念を明確にする原則法です。この法案によって、フレンドリー・ペアレントルールが家事審判の根拠となるよう期待しています。
親子断絶防止法の持つDV問題解決への可能性
どんな人であれ幸福に暮らしていく権利を有しているはずです。もちろん子どもを第一に考えるものであっても、DVの被害者も救わなければならないし、加害者であっても救わなければならないと思います。
DV被害者支援を行っている方がこの法案に反対する心情は十分理解できます。加害者への処遇は別途検討されるべきですが、最近のDV増加が真実だとすれば、DV被害者を匿う施策よりもDV加害者を更生させ、事前に思いとどまらせ、かつ生み出さないための施策こそ重視されるべきです。
DV加害者に加害行為に至る理由を求めた場合、生まれつきなのか、生後の養育環境や性格形成上の問題なのか、当事者間の関係性の問題なのか、と考えることができます。生まれつきそうなのであれば責任を求めることはできません。当事者間の関係性であれば(家族療法の考え方)、加害者のみへの更生プログラムは効果を発揮しません。
医学の予防概念を考えれば、予防接種のように全体への対応である一次予防、早期発見早期治療である二次予防、治療後のリハビリや社会復帰を念頭においた治療そのものである三次予防に分けられます。
非行臨床の経験からは、DV加害者の三次予防である更生プログラムは、単に処罰を与えるのみではほぼ効果がないと言えます。また罰則の存在のみによって予防効果がないことは死刑制度の効果と同様かと思います。加害者臨床を実施する心理士であれば、彼らが自分こそ被害者であるという強い被害感情を幼少のころから抱いていることを理解していただけると思います。彼らを真に更生するためにはまさにその時点から満たされてこなかった感情への共感や自尊心の向上こそ最初に必要なものだと考えています。DV加害者の多くは機能不全家族に育ち、両親の愛に包まれた経験が乏しいのです。児童養護施設にいる児童らには愛情をもって接することが基本ですが、成人したとたんに愛情ではなくて処罰によって接することが更生に資するとは思えません。
仮にDV加害者がDVの責を負うべきとの考えであれば、被害者の責任や被害者との関係性は問われず、被害者が守られ匿われても、加害者は世の中にのさばり続け新たな被害者を見つけ出すことになります。DV加害者は他者支配の欲求が高く、その状態への依存がありますから、新たな被害者を見つけて同様の関係性を築こうとする傾向が高いと考えられます。ですから、加害者への三次予防を抜きにDV被害者支援をしても、DVの減少にはつながりにくいと考えなければなりません。
児童虐待への現行の対応を見れば、例えば親が一回でも子どもを叩いたからといってすぐ親権・監護権を失うというものでもなければ、即座に子どもを一時保護するというものでもありません。児童相談所は子どもの安全が確保されていると判断すれば、現状の監護を継続した中で、子育ての大変さに共感しながら対応の仕方を伝え、養育者を支援します。児童虐待防止法によって二次予防の端緒となる早期発見・早期対応がなされるようになりました。
一方、DVに関しては他者からのDVの疑いがあっても介入せず、DVを受けたという訴えがあれば何ら加害者の言い分を聞かずに、子を連れた引き離しが助言されています。DVが関係性によって生じるとすれば早期発見によって離婚に至らない関係性の修復が期待できるはずです。この段階で被害者の主張のみ聞くことは、被害意識の強いDV加害者の行動化を招くきっかけにすらなりえます。双方の思いを聞き、相手への批判や過度にそれを煽る傾聴ではなく関係性の改善に向けた提案ができてこそDVを早期に改善し、子のいる家庭では面前DVという心理的虐待の予防・改善ができるものと考えられます。児童虐待防止法にならい、加害者支援の視点を持つことこそ重要な予防・改善策であると言えます。
そもそもDV加害者の支配欲求・攻撃性・衝動性や被害意識は、幼少期からの愛情不足や承認欲求の満たされなさ、悪しき行動のモデルの存在といった家族の機能不全の影響を少なからず受けているのですから、一次予防としては現在の子ども達を取り巻く家族・社会環境を改善し、安心・安全な養育態度をつくっていくことが必要になります。
現在国会議員の先生方が議論されている親子断絶防止法案は、直接的にDVを減少させる効果はありませんが、親子関係の断絶を防止し、子が親から愛される養育環境を目指すものです。これにより(社会的な意識の変化による圧力も生じ)、離婚や別居後の子の傷つきを減らすことができ、結果として将来的なDV加害者となるリスクを減らす一次予防の効果が期待できます。
連れ去りの原則的禁止は、連れ去ったもの勝ちの司法判断を改めていきますから、連れ去る前の協議を促します。そして、別居後であってもフレンドリー・ペアレントルールの採用に至れば、双方が罵り合い子の福祉を害するような親子の断絶をさせることが自らの不利益になると理解されるに至り、夫婦間の高葛藤化を防ぐことができます。つまり、少なくとも双方が親としての関係性を維持する程度には関係修復が期待できるものであると言えます。
親子断絶防止法は、離婚後も子の養育への責任を双方に求めるものですから、離婚すれば生活費も養育費を支払なわないと考えているようなDV加害者に対して、離婚による責任回避を抑止する効果があり、また経済的な理由によって離婚をためらっているDV被害者にとっては養育費の支払いが期待できることから救済の可能性が高まると考えることができます。これらは、これまで関係破局に至ってから連れ去りを実行するしかない状況が生じていたケースであっても、より早期に協議させるための動因となり、従って二次予防である早期のDV発見・対応の可能性を高めます。
親子断絶防止法は、DV加害者の性格形成における幼少期の原家族の問題を知らしめ、自らの傷つきに気づき、癒すためのきっかけを提供します。被害者への懺悔や認知変容・コミュニケーション指導に留まらず、DV加害者の救済こそDV問題の真の解決につながるのですから、本法案はまさにDV問題の解決の方向性を示すものと考えられます。
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